椅子から去った王子

ニューシネマパラダイスより

by Yumi (2019)

プロローグ

「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画をご存じですか?

舞台はイタリア。パレルモ近くの小さな村。

まだ、テレビもインターネットもない時代の小さな映画館でのお話です。

人々の何よりの楽しみは、この映画館で白黒映画を見ることでした。

そんな村人たちのために毎日映画を上映しているのは年老いた映写技師アルフレード。

村にはトトと呼ばれる元気な少年がいました。

映画好きのトトはこっそり映画館にもぐりこんは、アルフレードにどやされます。

そのうちに二人はすっかり仲良くなりました。

ところが、ある日映画館が火事になり、老人は目が見えなくなりました。

一方、初恋にやぶれた少年は傷心のまま村を去って行く・・・。

とまあ、いろいろあるのですが、ここで延々映画の解説を始めるつもりはありません。

何度かその映画を見た私はいつもとても心にひっかかることがありました。

それは映画の中でアルフレードがトトに語って聞かせる物語についてです。

それはこんなお話です。

「昔、ある所に、とても美しい王女がいた。

たくさんの王子が結婚を申し込んだが、王女はうんと言わなかった。

代わりに、王女はこんなことを言った。

『私の窓の下に椅子を置き、100日間、座り続けることができたら結婚しましょう』

王子たちは競って椅子に座ったが、100日間も我慢できる者は誰もいなかった。

ある日、一人の王子が現れた。

王子は来る日も来る日も椅子に座り続けた。

そして、何と、99日目間、座り通したのだ。

ところが、どうしたことだろう!

99日目になって、突然、王子は立ち上がり、去ってしまったのだ」

え、どうして???

誰でも、そう、聞きたくなりますよね?

トトもアルフレードに、

「どうして⁉」

と、聞きました。

でも、アルフレードは「分からん」とぶっきらぼうに首をふり、それきり、答えませんでした。

そして、この映画の終わりまで、なぜ王子が99日目に椅子からいなくなったのか、何の解説もないのです。

どうにも気になるではありませんか!

私はこの映画を思い出す度に、

「王子はどうしてあと1日が辛抱できなかったんだろう?」

と考えました。

ずっと考え続けているうちに、ずいぶん年を経てからのことですが、ある時、ようやくその理由が分かったような気がしました。

とはいえ、「本当にそれが正解なのだろうか?」「ひょっとして、全然違う理由だったのでは?」と思うこともあります。

そこで、私はこの王子をテーマにお話をこしらえてみました。

物語を書くと、ぼんやり考えていたことがはっきり分かったり、思いがけない真理に気づいたりするものですから。

でも、果たして読者のみなさんはどう思われるでしょうか?

「そうだ、そう通りだ!」と、感心してくださるでしょうか?

それとも・・・?

椅子から去った王子

※これは映画「ニュー・シネマ・パラダイス」中の挿入話にヒントを得て書いたお話です

by Yumi (2019)

前回のお話 → 椅子から去った王子

1 美しい王女

昔、ある所に、とても美しい王女がいました。

たくさんの若者たちが、王女に恋をして、結婚を申し込みました。

でも、王女は、決まって、こう、言いました。

「私の窓の下に椅子をおき、100日間、すわり続けた方の妻になりましょう」

王女の美しさに魅せられた若者たちが次から次と挑戦しました。

王女の部屋がある塔の下に椅子をおき、昼も夜もすわり続けたのです。

だれでも、最初の10日ぐらいはがんばれます。

でも、20日、30日と経つうちに、あまりの辛さに耐えきれないなり、あきらめてしまうのが普通でした。

 

ある時、ドラゴンを8匹も殺したと言うつわものがやって来ました。

たくましい体をみせびらかし、

「ドラゴンの炎に焼かれ、その血しおをあびたおれ様だ。

椅子にすわるごときは、たやすいことだ!」

つわものはせせら笑って、王女の窓の下に、どっかり、こしを下ろしました。

みな、たいそう期待しましたが、50日後には椅子をけとばしていました。

「ええい、ばかばかしい! あんな女、どうせ、厚化粧でごまかしているに決まってわい!」

よほど悔しかったのでしょう、椅子を地面にたたきつけてこわし、のっしのっし、帰って行きました。

トトはアルフレードの映す映画に夢中です~映画「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)

また、60日もがんばった王子がいました。

照りつける太陽や、雨風にうたれて、昼間はとてもぐったりして見えました。

けれども、一夜が明けると元気にもどって、また次の一日を耐えるのです。

「どうも、おかしいぞ」

王様は怪しんで、家来に命じて、一晩中椅子の上の王子を見張らせました。

すると、日が落ちて夜がふけると、王子そっくりの格好をした家来がやって来て、こっそり王子と交替したではありませんか!

王子のそっくりさんが椅子にすわっている間に、本物の王子は家来たちが森かげに用意したテントの中でごちそうを食べ、ゆっくり休んでいたのです。

「何たるひきょう者じゃ! さっさと、追い出せ!」

王子は家来ともども、追いはらわれてしまいました。

それ以来、椅子にすわる者は王様の家来によって、昼も夜もきびしく見張られるようになりました。

2 

白鳥の王子

そんなこんなで、挑戦する王子や騎士たちはめっきり少なくなりました。

けれども、王女の美しさを聞きつけて、また、ひとり、王子がやって来ました。

白鳥の羽をぼうしにつけた、まだひげも生えそろわない、とても若い王子です。

王子は窓辺にすわる王女を一目見るなり、すっかり、恋をしてしまいました。

お城に入った白鳥の王子は、王様にうやうやしく一礼してから言いました。

「どうか、王女様と結婚させてください!」

(なんじゃ、まだ子供ではないか! ひ弱そうじゃの)

 王様は若い王子をじろっと見て思いましたが、

(仕方がない。やらせてみるか)

と、かたわらの王女に目配せしました。

 王女はうなずいて、機械じかけのように、いつもの言葉を述べました。

「私の窓の下に、100日の間、すわり通すことができたら、喜んであなたの妻になりましょう」

「はい、必ず」

 王子はきりりと答えました。

 こうして、白鳥の王子は椅子にすわり始めました。

 きらきらした大きな目はいつも王女の窓を見上げていました。

 どんなに疲れていても、その窓辺に王女がすがたが見えれば、心はおどり、また勇気がわいてきました。

 実際、王子はとてもがんばったのです! 

 50日が過ぎ、60日が過ぎ、65日になっても、王子は椅子にすわっていました。

これは新記録でした!

 でも、70日目になって、朝からひどい暑さの中をすわり続けていた王子は、夕方、椅子から転げ落ちてしまいました。

「ああ、王子様!」

心配しながら見守っていた家来たちがかけよった時には、王子は息絶えていました。

「何じゃ、期待させおって。見た目通りのふがいないやつめ」

気の毒に思うどころか、王様はすっかり腹を立てて、

「さっさとなきがらを運び出せ」

と、なげき悲しんでいる家来たちをどなりつけました。

そして、自分の家来たちには、

「このことを決して王女の耳に入れてはならぬぞ」

と、きつく命じたのでした。

 

ワタリガラスの王子

それ以来、しばらく椅子に挑戦する者はとだえました。

そりゃそうです。

どんなに美しい人と結婚できたって、死んでしまったら全然意味がありませんものね。

ところが、それからしばらくたったある日、とてもハンサムな王子がやって来たのです。

どのくらいハンサムかって、そりゃ、もう、すれちがう人だれもがふり返ってため息をつかないではいられないほどハンサムでした。

ただふしぎなことは、その王子のぼうしには黒い、ぶきみなワタリガラスの羽がさしてありました。

お城に入り、王女の美しさを目にした王子は、

「ううむ、なるほど、こういうことか」

と、つぶやいたきり、しばらく何も言いませんでした。

「どうじゃな、ワタリガラスの王子殿? わが娘を妻にとお望みかな?」

王様は得意顔です。

「はい。ぜひに」

王子は深く頭を下げました。

すると、王様の目配せを合図に、王女はまた、すらすらと、あの決まり文句を言いました。

「100日間、私の窓の下の椅子にすわり通したなら・・・」

「かならず、おおせの通りに」

王女が全部言い終わらないうちに、ワタリガラスの王子は頭を下げ、すたすたとお城を出て行きました。

次の日から王子は椅子にすわり始めました。

10日、20日、30日・・・。

王子のそばには王子がずるをしないか見張りが立ちました。

雨の日も、風の日も、焼け付くように暑い日も、こごえるような寒い夜も、王子は歯をくいしばって、じっと、椅子にすわり続けました。

50日が過ぎました。

王様は王子の様子を見にお城から出て来ると、

「まだ、半分ぞ」

と、馬鹿にしたように告げて、またお城に入って行きました。

70日が過ぎました。

王子はすっかりやつれ、かみはぼさぼになり、美しかった服も色あせてぼろぼろになりました。

けれども、その目だけはギラギラして、王女の窓をにらんでいます。

「あんなにハンサムだったのに、ひどいなりになったものだなあ」

お城の人々は気のどくがりました。

75日目を過ぎると、これまでで一番長くすわった王子を見ようと、あちこちから人々が集まって来ました。

「今度は本物かな?」

「いやいや、まだまだ」

人びとは王子を遠巻きにして、わいわい、がやがや、面白半分に見物していきます。

「どこの王子様かな?」

「さあな。しかし、大した根性じゃないか! 今度はいけそうだぞ!」

「そうかなあ?」

「じゃあ、かけようぜ!」

という具合で、王子が100日間がまんできるかどうか、人々の間でかけが始まりました。

王女の窓の下は日に日ににぎやかになり、物売りのテントも立って、お祭りさわぎになりました。

80日がたった時、どこからか年老いた女がやって来て、王子のひざにすがって泣きし始めました。

「もうこんなことはお止め。おまえまでも失ったら、母はどのようにして生きていけばよいのか」

「どうぞ、お帰り下さい、母上。私はどうしてもやりとげたいのです」

弱々しい声ではありましたが、王子はきっぱりと答えました。

すると、母親は王子をだきしめて言いました。

「雨風に打たれ、太陽で焼かれて、あんなに美しかったおまえがこんなにやせて骨と皮。

顔はみにくい火ぶくれになっているではないか。

そんなお前をそ知らぬ顔で見捨てておくような女と結婚して、どうなるというのか?

見た目は美しくても、あの王女の心は冷たい石くれ。

結婚したって、お前は決して幸せになれぬというのに」

母親がどんなにたのんでも、王子はがんとして、椅子から動きません。

とうとう母親はあきらめて、泣きながら去って行きました。

馬上試合

90日が過ぎました。

あと、10日。

91日目の朝には、お城のラッパ吹きが天守に上がり、ラッパをふいて、告げ知らせました。

プッププー!

「本日、91日目なぁり!」

だれもがワタリガラスの王子が椅子にすわり通して、見事、王女を手に入れるように思えました。

「こいつはいいぞ!」

次の日の朝にも、プッププー!

「本日、92日目なぁり!」と、ラッパ吹き。

王様はごきげんです。

「国中に『馬上試合をもよおす』とふれを出せ」

王様の命令はすぐに国中に伝えられました。

すると、馬上試合に参加するために、うでにおぼえのある騎士たちが続々とお城に集まって来ました。

ワタリガラスの王子のかたわらで、はなやかな馬上試合が始まりました。

きらびやかなよろいかぶとを身に着けた騎士たちが、試合場の両はしから、やりを構えて、パッパカ、馬を走らせます。

真ん中まで来ると、互いに相手を馬から突き落とそうと、やりでつきあいます。

ガツン! ドシャン!

やりが折れたり、たてがくだけたり、そりゃもう、はげしいぶつかり合いです。

馬から落ちると、今度は剣で戦います。

ガシャン! ガシャン!

どちらかがたおれて動けなくなるまで、試合は続くのです。

王様はきれいなご婦人方とさじきにすわり、試合を見ながら飲んだり、食べたり。

ご婦人たちもごひいきの騎士にハンカチをふっての応援です。

「私の騎士殿はだれよりお強いわ」

「いえ、私の騎士様が一番よ」

町や村から集まって来た人々も、めったにないこのすばらしい見世物に、すっかり、こうふんして、やんやのかっさいです。

「えー、水はいかが? 冷たい、おいしい井戸水だよ!」

「とりのあぶり焼きだよ! 今朝しめたばかりの、おれんちのとり!」

見物客を目当ての物売りのテントも、どんどん、ふえていきました。

その間、ワタリガラスの王子は死ぬほど疲れた体を必死で起こしていました。

気を失って転げ落ちないように椅子をつかんでいましたが、その手もぶるぶるふるえています。

でも、だれも、そんな王子を気にかける人はいませんでした。

騒々しい一日の終わると、王様は、はるばる試合におとずれた騎士たちに黄金のうで輪だの、ピカピカのよろいかぶとだのをプレゼントして言いました。

「わが王女とワタリガラスの王子とがあと数日で結婚することになろう。みな、祝ってくれ」

5

王子、椅子を去る

プッププー!

ラッパ吹きが告げます。

「本日、97日目!」

その日はお城の入り口から王子のすわっている椅子まで、赤いじゅうたんがしかれました。

100日目の朝には、王様に手をとられ、王女がしずしずとこのじゅんたんをふんで、ワタリガラスの王子をむかえに行くことになっています。

王様が王女の白い手をワタリガラスの王子へと差し出し、王子がそれをうやうやしく受け取る。

それから、三人がそろってお城に入り、盛大な結婚式が始まる・・・このような手はずです。

プッププー!

「本日、98日目!」

お城の中では召使いたちが結婚式の準備で大わらわ。

広間は金銀や花々で飾られ、台所ではコックたちが腕によりをかけて料理し始めます。

プッププー!

「本日、99日目!!」

王女の部屋にはたくさんの宝石をあしらった目のくらむような花嫁衣裳が用意されました。

それを身につけた王女はどんなに美しいことか!

「ああ、100日目の朝が待ち遠しくてたまらんわい」

だれもがそう思っていると、その日に限って日の暮れるのが妙に遅い。

やっと長い一日が終わり、日が落ちると、お城のまわりにはかがり火がたかれました。

それは遠くからぞくぞくとやってくるお客たちを明々と照らしました。

王様はお城の入り口に立って、一人一人、お客たちを出迎えます。

お城の玄関は、たちまち、お客たちの持って来たお祝いの品でいっぱいになりました。

「さあ、客人たち、時が来るまで、飲んで、食べて、くつろいでくだされ」

広間でにぎやかな音楽が始まりました。

テーブルにはごちそうが並びます。

みんな、わいわい、がやがや、一晩中、飲んだり食べたり、わくわくしながら朝を待っています。

とても眠れるものじゃありません。

しらじらと空が明るくなって来た時、天守ではラッパ吹きが最後のラッパを吹こうと構えていました。

そして、待ちに待った100日目の太陽が東の地平にちらりと顔を出した時、ラッパ吹きは「今だ!」と口にラッパを当てました。

ところが、次の瞬間、ラッパ吹きは手からラッパを落とし、叫びました。

「わぁ、どうして!?」

なんと、今までけんめいに椅子にしがみついていたワタリガラスの王子がふらりと立ち上がり、よろよろ歩き出したのです。

「大変だ!」

知らせを聞いて、王様はこしをぬかすほど驚きました。

あわててお城から転げ出て、ワタリガラスの王子に追いつき、息を切らして問いました。

「どうしてじゃ、ワタリガラス殿。今にも100日目のラッパが鳴ると言う時に、なぜこんなことを?」

「どうしてって、私はすわっているのがほとほといやになったからです」

と王子。

「『いやになった』じゃと! バカめが!」

あきれた王様は大声で王子をしかりつけました。

「ここまで期待させおって。結婚の準備にどれほど金をかけたと思うのじゃ! 客人たちが持ち寄ってくれた祝いの品々を何とする! ここで止めたら、わしは大恥をかくのじゃぞ!」

「あなたが恥をかこうがかくまいが、私の知ったことではありません」

王子は取り合わず、自分の家来に馬を持って来るよう、命じます。

王様はすっかり青ざめて、王子に取りすがりました。

「待て待て。声をあらげて悪かった。早く、椅子にもどるのじゃ。今のことは無かったことにするぞ。みなにも忘れるようきつく命令じよう。だから、たのむ、もどれ、もどってくれ!」

「お放しください」

王子は王様を突き放し、あぶみに足をかけました。

その時、王様は泣き出さんばかりの声でさけびました。

「王女はどうしてくれるのじゃ! おまえのせいであの子の心は深く傷つくのじゃぞ!」

すると、ワタリガラスの王子は初めて王様をふり向いて、ふしぎなほほえみを浮かべました。

「ほほう、あなたにも人の心はあったのですね。少なくともわが子を思いやる気持ちだけは。だが、残念です。世の中には取り返しのつかないこともある」

そう言うと、王子は馬にまたがり、さっさと行ってしまいました。

「なんとむごいやつじゃ! ゆるさぬ! 絶対にゆるさぬぞ!」

王子の背中を追いかける王様の声はむなしく響くばかりでした。

6

北の国王が語ったこと

それから、1年ほどたったある日、お城にワタリガラスの王子が再びやって来ました。

「なんじゃと!」

 これを聞いた王様が怒ったの何のって!

「今さら、何の用じゃ! さっさと追い返せ!」

けれども、すぐ思い返して、こう言いました。

「いや、待て。ここへ通せ。やつの言い分を聞いてやろう。場合によってはわしのこの手で首をはねてやろうぞ!」

というわけで、久しぶりにワタリガラスの王子が王様の前に立ちました。

その時、王子が来たことを聞きつけて、奥から王女も出て来ました。

王様は、

「おまえはよいのじゃ。奥にいなさい」

と王女に言いましたが、王女は首をふり、その場にいすわりました。

99日間、暑さ寒さの中を座り通した王子の顔には一生消えることのないみにくいあざができていました。

けれども、それはかえって王子を以前より気高く見せていました。

がみがみ叱りつけてやろうと思っていた王様も、ワタリガラスの王子の堂々とした様子に、つい気後れしてしまいました。

王様はそんな心の内を見せまいと、ことさらいばった声で言いました。

「えへん、今さら、何の用だ。あやまろうとでも言うのか? だが、お前がわしたちにしたむごい仕打ちは、どんなにあやまったとて許されはせぬぞ」

「いえ、あやまりに来たのではありません」

と、王子はすずしい顔で言いました。

「私は、どうして私があの椅子にすわろうと思ったのか、そしてまた、せっかく99日間もがまんしたのに、どうしてそこから去ったのかを話しに来たのです。

きっとあなた方がとても知りたいだろうと思ったので」

王様がそれに答える前に、

「ええ、ぜひ、お聞かせください」

と、王女が言いました。

みなは驚いて王女の方を見ました。そんなことは今まで一度も無かったことだったのです。

王女の目はきらきら輝いて、熱心に若者の顔に注がれています。

「ふしぎだねえ。いつもお人形のように父君の言いなりだった王女様が、初めて人間らしい口をきいたよ」

お城に仕える者たちはこそこそささやき合いました。

「では、お話しいたしましょう」

と、王子は王女に向かってにっこりし、話し始めました。

「私はここからはるかな北の国の王子です。いえ、王子でした。というのも、先ごろ病気で伏せっていた父王が亡くなり、私が王位を継いだからです」

ワタリガラスの王子が今は国王だと聞いて、王様はびくっと顔をしかめました。

(しまったぞ。もう少していねいな物言いをすればよかったな。戦争をしかけるつもりではあるまいな…)

北の国王は続けます。

「父が病気になった原因はとりわけかわいがっていた弟王子の死でした。

弟は明るく、心優しく、美しい少年で、だれからも愛されていました。何よりも白鳥を好み、いつも白鳥の羽をぼうしにさしていたものです」

この話にみなははっとしました。白鳥の羽をぼうしにさした王子と言えば、かつてあの椅子に70日間すわり続けて、死んでしまった若者のことではないでしょうか。

北の国王は言います。

「弟が美しい王女を妻にと望んだため命を失ったと家来たちから聞き、私はとても腹が立ちました。

でも、同時に、それほどまでに弟が恋した王女とはどんな人なのだろうと、興味もわきました。

それで、自分の目で確かめようと、1年前このお城を訪れたのです」

お城にやってきたワタリガラスの王子は、王女の美しさを見て、「なるほど、弟が命がけになったのも無理はない」と思いました。

思いがけず、王子もまた、王女に恋をしたのです。

「私自身も王女様を妻にしたいと心から願うようになったからこそ、けんめいに辛抱したのです」

30日…、50日…、70日…。

 王子は辛くてたまりませんでした。

 たった一つの心の支えは見上げる窓に時々映る王女のかげでした。

「私は必死で願いました、王女様が一言、『もう、おやめください』と言ってくれたら、

 家来に、たった一言、『あの方をむかえにお行きなさい』と命じてくれたらと。

 けれども、私の祈りが王女様のお心に届くことはなく、奇跡は起こりませんでした」

 王女が赤くなってうつむいたことにだれも気づきませんでした。

「80日目に母が来て、私に帰るよう、泣いてせがみました。

『こんなに苦しんでいるお前を見捨てておくような心の冷たい女を妻にしたこところで、幸せにはなれませんよ』と」

北の国王がその後に語ったのは本当に驚くべき事でした。

「実は、私の恋心など、それまでにとっくに消えて無くなっていました。

だが、すぐに国に帰りたくもなかった。

私は悔しくてならなかったのです。

あなた方は私をむごいと言う。

だが、こんなバカげた仕方で、弟や、他の若い人たちの命をもてあそんだあなた方の方がよほどむごいのではありませんか?

王女様への気持ちが冷めた後、私がどうして99日目まで椅子にしがみついていられたか、お分かりになりませんか?

私は、ただただ、あなた方にしっぺ返しがしたかったのですよ」

北の国王の言葉は鋭い剣のように人びとの心を刺し貫いたのでした。

 エピローグに代えて、二つの結末

こんなことがあってから、見かけはきれいでも心の冷たい王女に結婚を申しこむ者は一人もいなくなり、王女は一生部屋に閉じこもって、一人さみしく暮らしましたとさ。

でも、一方にはこんな結末もあり得ます。

北の国王をどうしても許せなかった王様は戦争をしかけようとしましたが、王女はそれを強く止めました。

それから間もなく、王女は一人でお城をぬけ出し、北の国王を訪ねました。

それまで父親の言いなりに多くの若者を苦しめたあげく、白鳥の王子を死に追いやったことを心からあやまるために。

二人はとても長い間話をしていましたが、いつしか本当に愛し合うようになり、やがて結婚して、いつまでも仲良く暮らしたということです。

さて、あなたはどちらの結末がお好みですか?

✨以下は私のおまけの随想です😊

※これは映画「ニュー・シネマ・パラダイス」中の挿入話にヒントを得て書いたお話です

by Yumi (2019)

お話はこちらから → 椅子から去った王子

イラスト by Hikaru 🐰

謎への答え

映画『ニュー・シネマ・パラダイス』は1988年に作られたイタリア映画です。

監督はジュゼッペ・トルナトーレ。

ジュゼッペ・トルナトーレ(1956年ー)
トルナトーレ監督はこの作品でもよくしられていますよね。

エンニオ・モリコーネの哀愁たっぷりの音楽でも知られるこの映画は1989年のカンヌ国際映画祭審査員グランプリやアカデミー外国語映画賞、ゴールデングローブ賞などを獲得しました。

物語はシチリアの架空の村ジャンカルドで映画好きの少年トトと古い映画館を守る映写技師アルフレードとの交流を軸に展開します。

私はTVで数回この映画を見ていますが、見る度に新しい発見があり、作りの巧みさに驚かされます。

その挿入話―美しい王女を手に入れるために100日間椅子に座り通す試練に挑戦した王子が99日目に去ってしまう話―があまりにも奇妙なので心にひっかかってしまい、長年あれこれ思いを巡らしているうちに、とうとう物語を一つ作ってしまった…、と、これは「椅子から去った王子」のプロローグでお話した通りです。

が、実は、この映画にはもう一カ所、私には「訳が分からん!」ところがあったのです。

それを語るにはちょっとだけ寄り道して、映画の内容に触れる必要があります。

青年期を迎えたトトは恋をしますが大人達の無理解により恋人との仲を割かれます。

やむなく駆け落ちを決意した二人ですが、恋人はトトとの約束の時間に現れませんでした。

以来、トト(本名はサルヴァトーレ)は女性と真剣な恋愛関係を築けなくなり、シチリアを去った後映画監督として高い名声を得ても、ローマで孤独のまま老いを迎えています。

そんなサルヴァトーレのもとに映写技師アルフレードが亡くなった知らせが届きます。

村の映画館が取り壊されることもあり、数十年ぶりに帰省したサルヴァトーレは、偶然、かつて駆け落ちの約束をした恋人が自分に「遅れるが待っていてほしい」と伝言を残していた事実を知ります。

裏切りは無かったのです。

とはいえ、彼女にはすでに家庭があり、もう過去を取り返すことはできません。

甘く切ない思いを抱えて村を去る際、サルヴァトーレはアルフレードの妻から自分への形見として、一本のフィルムを渡されます。

サルヴァトーレがローマに帰りそれを映写してみると、何とも奇妙なフィルムでした。

全編キス、キス、キス…、ラブシーンばかりなのです! 

アルフレードはキスシーンを切り取らなければならなかった…

これには訳がありました。

かつて村の映画館を仕切っていたのは教会の司祭でした。

村で唯一の娯楽である映画を村の人びとがこぞって見に来るのですが、司祭は映写前に内容を検閲して、「不道徳で不埒」と判断した箇所をアルフレードに切り取らせていたのです。

数々の白黒名画が人びとの前で上映されますが、恋人同士がうっとり顔を寄せた次の瞬間、バチッとフィルムは飛んでしまいます。

村人たちがブーイングの嵐と化すのは当然でした。

さて、切り取られたラブシーンはどこへ行ったのか?

ゴミ箱ではありませんでした。

何と、アルフレードはこれらのラブシーンをつなぎ合わせて、一本のフィルムを作っていたのです。

そして、昔仲良しだったトト少年―長じては有名映画監督となったサルヴァトーレ氏への贈り物にした。

あふれるようなキスシーンはどうにも気恥ずかしくて、「いったい、これ、何の意味?」とかつて私は怪訝に思うばかりでした。

その意味を悟ったのはつい何年か前、最後にこの映画を見た時でした。

多分…、いや、きっと、アルフレードはサルヴァトーレに「愛は決して計算できるものではない。それは無償のものであり、情熱であり、どんな価値基準にも縛られるべきじゃない、いや、縛ることなどできないのだ」と伝えたかったのだと思います。

ラブシーンの嵐に見とれるトト(サルヴァトーレ)

裏切られたとずっと誤解してきた恋人が実は誠実であったと知ったサルヴァトーレがこてこてのラブシーンに恍惚として見入るシーンでこの映画は終わります。

私の中でも、きわめて遅ればせながら、このアルフレードのフィルムと「99日目に椅子から去った王子」の謎とがやっと繋がりました。

愛に「道徳」の物差しを当てる司祭や、それを椅子に座る「日数」で計ろうとする王女をアルフレードは偽物として嫌い、切り取られ捨てられようとした無垢で無償の愛を救い続けていたのです。

何のことはない、ジュゼッペ・トルナトーレ監督は最初から答えをそこに置いていた…。

「わざわざお話なんか作らなくてもよかったなあ…」と自分の鈍臭さを恨めしくも思いますが、「まあ、物語を1つ作っちゃったんだから儲けものかな?」とも思うのです(笑)

お読みいただき、ありがとうございました💕

※これは2019年に絵本・童話の創作Online「新作の嵐」」に掲載されたものを若干修正したものです。

「新作の嵐」へはこちらから→https://shinsakunoarashi.com/%e3%81%84%e3%81%99%e3%81%8b%e3%82%89%e5%8e%bb%e3%81%a3%e3%81%9f%e7%8e%8b%e5%ad%901-7/

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