『指輪物語』―その壮大さの理由
昨今はどの書店にも「壮大」の二文字がおどっています、書籍に限らず、コミック、アニメ、はたまた映画の世界にも。
でも、私が『指輪物語』の壮大さに比肩できるものとして思いつくのは…。
サガ、エッダ、カレワラ、イリアッド&オデッセイア、古事記、そして、聖書(旧約)などなど。独自の創世記を含んだいわゆる叙事詩と呼ばれるものです。
それらは北欧の、地中海世界の、日本の、そしてユダヤ人&キリスト教徒&イスラム教徒(いずれも唯一神としてヤハウェを仰ぐ)の世界観の礎をなすものです。
え、そんなにでかかった? あの「ロード・オブ・ザ・リング」が?
実はそうなのです!
2003年発行の『シルマリルの物語(シルマリルリオン)』には筆者J.R.R.トールキンが出版社に書き送った手紙が収録されています。
これは1951年、『指輪物語』がイギリス、コリンズ社から初めて出版される3年前で、彼は『指輪物語』をその前日談である『シルマリルの物語』と同時出版してほしいと頼んでいます。
『シルマリルの物語』は未完成ですから、これは『指輪物語』の出版を延ばしてほしいと言うことです。
トールキンの並々ならぬ熱意にもかかわらず、出版社は断ります。
『指輪物語』の出版が遅くなるし、第一、子供向けの楽しい『ホビットの冒険』の続編を期待している読者にとって『シルマリルの物語』が加わることは長過ぎるし、重過ぎました。
それはこう始まっているのです。
「唯一なる神、エルがおられた・・・イルーヴァタールと呼ばれる方である。
エルは初めに、聖なる者たち、アイヌアを創り給うた。聖なる者たちは、エルの思いより生まれ、ほかのすべてのものが創られる以前に、エルと共にあった。………」(シルマリルリオン、「アイヌアの音楽」より 評論社 田中明子訳)
これ、そっくりだとは思いませんか、雰囲気が、聖書の書き出しに!?
実際、トールキンは知る人ぞ知る熱心なカトリックの信者でした。
物語はこう続きます。
唯一神から生まれた神々たちが世界を作り出して行く。だが、神々の一人が悪に堕して冥王モルゴスとなってしまう。
神々は次の時代に生まれ来るエルフと人間が住まう場所として「中つ国」を作り、美しく整える。が、モルゴスはそれを破壊し、おぞましい場所に変えてしまう。
神々はすさまじい戦いの末にモルゴスをやっつけ、ようやくエルフと人間が「中つ国」に登場。
けれども、モルゴスの邪悪な部下が逃げのびて、エルフと人間に悪意を抱き続けている。その名こそはサウロン。
これが気楽で楽しいホビット族、ビルボ・バギンズの最初の冒険(『ホビットの冒険』)に先立つ「中つ国」のすごく長くて複雑な歴史なのです。
トールキンはこの物語世界をイギリス前史にまで位置づけようとします。私たちの知る歴史の過去に別の歴史があったのだと。
その意味をトールキンは「イギリスには北欧のサガやエッダ、カレワラに当たる叙事詩が欠如している、自分はそれを祖国に贈りたい」と述べています。
「彼はそんなすごいことを考えていたのか!」と、ほんと、驚きです。
注目すべきは、上代では西方にあった神々の世界(東洋風に言えば西方浄土ですよね)に人間が立ち入ることは禁じられていたが、見えるところまで船を進めることはできたということ。
つまり、この物語世界は平らなのです。
歴史と神話を融合しようと試み続けるトールキンの前に20世紀の宇宙物理学や天文学は大きな壁として立ちはだかったはず。
地球はとっくに丸いし、1921年にはアインシュタインの相対性理論が発表され、ついで、宇宙のビッグバン起源説も登場します。宇宙さえもまっすぐ進めばいつかは出た所にもどると言う。
そんな中、真っ平らな世界を描いているトールキンは時代錯誤だったでしょうか?
聖書を大切に思う人々の中には科学の成果をヒステリックに拒否して、世界を「聖書に書いてある通り」の箱庭にして安堵する人もいるでしょう。
トールキンは違いました。彼は大胆に神話世界を展開します。
『シルマリルの物語』の中、人間たちは傲慢にも神々の領域へ踏み込もうと船を進めます。
仕方なく、唯一神イルーヴァタールは一つだった世界を神々と人間、別々の世界に裂いてしまいます。
この時、平らだった世界は丸くなり、人はこの世界を出てどこにも行けなくなりました。
どんなに空高く旅をしても私たちは神々の領域には届かない。
どれほど早い宇宙船を駆使しても人類は決して宇宙の外に出ることができない。
現代の物理学者や天文学者が知恵をふりしぼって解読し続ける宇宙。
それをトールキンは見事に神話的世界に取り込んでしまいました!
トールキンは科学的根拠がないとして神学的世界観を否定してしまう短絡や、「見えない」とか「たどりつかない」などという理由で人類の認識を越えた存在=神(神々)を軽々しく否定してしまう子供っぽさを、物語の向こうからひそやかに笑います。
祖国へ叙事詩を贈りたいというトールキンの思いは死の前年(1972年)に大英帝国から爵位を授かったことで報われました。
2020年公開資料で1969年ノーベル文学賞102人の候補の一人に挙げられていたことも今は知られています。
Topへ➝#top
「ロード・オブ・ザ・リング」その他の記事はこちらへ➝雑記
☆ブログランキングに参加中です。お気に召したらクリックお願いします↓
童話・昔話ランキング
にほんブログ村
コメントを残す