エオウィン(盾持つ乙女)
エオウィンは馬の国ローハンの王セオデンの姪で、勇敢なロヒリム(ローハン騎士団)のリーダー、エオメルの妹です。
物語の典型的なお姫様と言えば白雪姫やシンデレラ、ねむり姫などなど、魔女や継母はたまたドラゴンなどの怪物に捕らわれ苦しみの中にいて、いつか自分を救ってくれるチャーミング王子と出会うのをひたすら待っています。
でも、トールキンは王女エオウィンに全く違ったキャラクターと運命を授けました。
確かにエオウィンも捕らわれの姫には違いありません。
けれども、彼女を捕らえていたのは魔女でもドラゴンでもなく、男性中心の伝統的な社会規範でした。
魔法使いガンダルフに導かれた指輪の仲間たちが旅の途上にローハンを訪れた時、一行は衰えて心を病むセオデン王に驚きます。
その陰には堕落したかつての賢人サルーマンの魔術が働いていたのですが、そんな叔父を献身的に介護していたのがエオウィンでした。
その姿をトールキンはこう描きます。
「…その顔は際立って美しく、長い髪は金色の川のよう…」
スラリと背が高く、ほっそりしているが、鋼のような強固な王家の娘。
彼女を見た流浪の英雄アラゴルンはその美しさを「まだ女になりきっていない、早春の朝のような冷ややかな美しさ」だと感じます。
この時、エオウィンもまた、「丈高い王家の世継ぎ」にして「幾星霜もの長い人生に培われた英知」の持ち主アラゴルンに強い魅力を感じます。
ガンダルフらの活躍でサルーマンの呪いが解け、自分を取り戻したセオデン王は、その後、アラゴルンやエオメルと馬を並べて、勇ましく、サルーマンとの決戦に向かいます。
城の前にすっくと立って剣を捧げ、固い表情でそれを見送るエオウィン。
知恵も気概も剣の技においてさえも周囲の男たちに勝りながら、女だと言う理由で長い月日を介護に甘んじ、今度もまた留守に回された彼女の心ははや限界に来ていました。
サルーマンとの戦いに勝利したアラゴルンがさらなる危険に出立しようとした時、ついにエオウィンは自分も連れて行ってくれるよう懇願します。
「姫のお務めは民とおられることではありませんか?」とたしなめるアラゴルンに、エオウィンは叫びます。
「務め、務めと何度しげしげ聞かされたことか!」
自分は王家の一員ではないのか? 盾持つ乙女ではなく、子守りなのか? 十分すぎる程セオデン王のお世話をしてきたが、その足がよろめかなくなった今、自分が思うさまの人生を送ってはならないのか?
「いったい、姫は何が恐ろしいのですか?」
アラゴルンの問いに答える彼女の言葉には胸が痛みます。
「檻です…慣れと老年がそれを容認し、すぐれた功を立てる機会が全く去って、呼び戻すことも望むことも出来なくなるまで柵の後ろにとどまっていることです」
この切なる叫びが愛するアラゴルンに拒否された時、エオウィンの目に灯ったのは絶望の光…、密かに戦場に赴き、二度と生きて帰るまいという決意だったのです。
そんな彼女の隠された絶望を、一人だけ、見抜いた者がいました。
それは、エオウィンとは別の理由…、人間の背たけに足りないホビット族であるがゆえにセオデン軍に同行することを許されなかったメリーこと、メリアドク・ブランデーバックでした。
ホビット村から出発し共に危機を乗り越えてきた旅の仲間たちは今それぞれに危険な場所で戦っているというのに、
「自分だけ、安全な場所で留守番をするなんて…」
情けない気持ちでいっぱいのメリー。
そこに若い騎士が声をかけてきて、マントの下に隠してメリーを戦場まで運んでやると申し出ます。
メリーはそれが王女エオウィンであるとは気づきません。ただ、その若い騎士の目に生還を望まぬ絶望の光を見て取ります。
エオウィンとメリーが随行しているとも知らず、セオデン王は同盟国ゴンドールの都を包囲するモルドール軍に決死の戦いを開始します。
セオデン王とロヒリムたちを最も苦しめたのは太古の怪鳥にまたがって空から襲ってくるナズグル(幽鬼)の首領。
頭上で放たれるその叫びは恐怖そのものであり、全ての戦士の血を凍らせるのです。
セオデン王はそれに挑むも敗れ、愛馬の下敷きになります。
勝ち誇ってとどめを刺そうとするナズグルの前に一人の若者が立ちはだかります。剣を構え、涙を流して。
「愚か者め」と、ナズグルは若者を冷笑して、自らに与えられた予言を自慢げに披露します、
「生見の人間の男におれの邪魔立てはできぬわ」と。
しかし、若者はたじろがず、なおもナズグルの前に剣と盾を構えます。
脱ぎ捨てられたかぶとの下からは流れる金髪が!
「私は女だ」
それは父親とも慕うセオデン王を必死でかばうエオウィンの凄絶な姿でした。
まるで一服の絵のような、物語中もっとも美しいこのシーン。
しかし、これには実は原型があります。
それは18世紀西欧で並外れたヒットを飛ばした『オシアン』という叙事文学です。
これはスコットランド北部、ハイランド地方生まれの詩人、作家のジェームズ・マクファーソンが地元に伝わるゲール語(ケルト語の一派)の古謡(3世紀頃?)を編集し、出版したもの。
オシアンという盲目の詩人が語るその中に戦士たちに紛れて戦場に行く美女の話が登場するのです。
女は恋人が戦場から帰るまでひたすら待つことに耐えられず、男装して密かについて行きます。
戦場で戦う恋人が敵に盾を割られてあわや命を落とそうとする時、女は盾を届けるために恋人に駆け寄ります。
しかし、あわれ、彼女は地面にこけてかぶとが脱げ落ちる。
瞬間、その下から流れる豊かな金髪!
「おお、女だった!」
敵も味方も感動に包まれ、両者の戦いは終わる…(愛の勝利??)。
『オシアン』はかのゲーテをも夢中にさせ、彼のベストセラー『若きウェルテルの悩み』の中でウェルテルにその一節を片思いの相手シャルロッテの前で歌わしめたほどです。
すごく残念なことには、後にこの『オシアン』はハイランド地方の古謡ではなく、マクファーソンがアイルランドの古謡群をベースに自ら創作したものであることが判明しました。
それを知った時は私でさえ「いっぱいのかけそば」ショック。
ましてや、当時の人びとの落胆やいかばかりかと。
けれども、ここに見る美と感動の原型ともいうべきものはトールキンの天才を通して王女エオウィンの勇姿に結晶し、稀有な輝きを放ちます。
想像してみてください、愛、献身、自己犠牲、勇気を心に、美しい娘が絶望し涙しながらもりんと立ち続ける姿を。
そして、ここにメリーこと、ホビット族のメリアドク・ブランデーバックの助太刀が入る!
自分をはるばるローハンから運び、今ナズグルに立ち向かっている若者がエオウィン姫だったと気づいたメリーは、勇気を振り絞り、恐るべき怪物の背後から腕が折れんばかりにエルフの剣を刺しこみます!
思いがけない一刺しに叫ぶナズグル。
ついでエオウィンの一撃で「人間の男には決して倒せぬ」怪物はついに倒れます、
女とホビットによって。
お気づきですね?
ここでトールキンはちゃんと祖国の文豪シェークスピアに敬意を払っているのです。
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